横浜市にある「和道経営舎」は、保育園の労務トラブルや採用の状況、経営アドバイスなど、2020年現在41施設を支援する社会保険労務士法人。代表の小林信宏氏は、平成15年に社労士として独立した当初から認可保育園の顧問や社会福祉法人の理事を務め、約20年ほど保育園の労務関係に携わってきた。新型コロナの感染拡大で揺れた2020年、各保育所がどのような課題に直面しているか、小林氏に伺った。
保育園は新型コロナでどのような影響を受けたか

緊急事態宣言時は行政から休園要請があり、医療従事者のお子さんなど預からなければいけない子どもの問題など難しい局面でした。今一番怖いのは、園内に感染者が出た場合です。実際に職員が感染して園が休園になった例もありますし、濃厚接触者がPCR検査を受けるために園を3日間閉鎖したケースもありました。
保育士さんが感染する場合、園児が感染する場合、園児の親御さんが感染する場合で、それぞれ対応が異なりますので、感染が疑われる場合はちゃんと報告していただくルールを整備するよう各園にアドバイスしています。

運営費は預かっている園児の数で決まりますが、今回のコロナ禍ではすべての園児が登園していると見なして満額を支給しているから、行政の認識では保育園はダメージを受けていないことになっていますが、地域の保育指導による加算や、延長保育のようなプラスアルファの加算がありますから、実際には経済的なダメージはあります。預かり保育が多い保育園ではそれなりに大きなダメージです。ただ、それでも前年比8割を下回る園は少ないでしょうね。

たしかに、介護、福祉、医療の中では保育園が一番恵まれていますが、行政がいつ運営費の支給を打ち切るかわかりませんから、「この先どうなるか分からない」という不安をもつ経営者も多いです。

行政からは保育園の従事者の休業補償に強いお達しが出ていますから、園が休んでも職員の給料減額はせず、特別休業の制度を整備するようにアドバイスしています。
ただ、今度は「コロナになっても休ませてもらえない」ということから保育士の離職につながるかもしれない。「ひとりも園児がいなくても出勤しろ」という保育園も実際にありました。こういう危機の際にどれだけ親身にできるかということは保育士にも伝わりますから、できれば1万でも2万でもお見舞い金を出したほうが印象が良くなります。

中小企業庁はBCP策定を求めていますが、保育園ではBCPの概念自体を知らない経営者が多いですね。ちゃんと避難訓練をしているから、というレベルです。
2019年も事前に大きな台風が来るとわかっていたのに、行政は保育園の開園時間契約を盾に、開園を優先しようとしていました。「職員の命を守ることも園としての責任だ」という園からの申し入れで、ようやく「園児が来なければ閉めていい」ということになったんです。
当社でも、震災と台風、そして今回の感染症の被災を想定し、保育園を守る、子どもを守る、保育士を守るための保育園向けBCPプランを提案しています。BCPに関する助成金や、就業規則改定の助成金とうまく組み合わせてBCP策定を勧めています。

緊急時にはサプライチェーンの分断を想定しなければなりませんが、保育園でいうと、給食の供給は外部委託なので、これがサプライチェーンになります。物流が止まると給食も止まってしまうわけです。
先般、給食室の担当者が新型コロナに感染した園があったのに、行政が休園を認めず、給食をやめてお弁当にするか、同じ法人の他の園から担当者を連れてきて給食提供を継続しろと言ってきたことがありました。「そんなことはできない」と答えたら、「備蓄食糧で対応せよ」と言うんです。コロナの対応に関しては行政の指導に沿うしかないというのが現状です。

保育園が閉まると、子どもを預けているお父さん、お母さんが仕事を休まなければならなくなる。以前は夜8時に職員が手分けして「感染者が出たので明日は閉園します」と保護者に電話連絡していたのですが、それが変わりました。
保育士の定着を阻む待遇・メンタル・人間関係の問題

やはり一番の課題は採用と定着です。
世間には保育士の給料が安いというイメージがありますが、私は今はそうでもないと思います。ここ4、5年、国や地方自治体が支給する処遇改善加算がありますから、中堅の保育士なら前年より2%、3%と総支給が上がるようになったので、楽とまではいかなくても、それなりに安定した職種だと思うんです。
最初から高い給与でなかなか上がらないか、最初は多少低い給与でもだんだん上がっていくか。これは園がどういう人を必要とするかに関わる話で、欲しい人材を明確にして、それに合わせて賃金制度、人事制度を作り変えていくべきだと思うんです。
処遇改善加算Ⅰの「1.処遇改善の対象者の決定」は園に委ねられています(内閣府子ども・子育て本部「技能・経験に応じた保育士等の処遇改善について」)から、比較的自由に分配できます。全員に一律同じ金額を支給する園もありますが、若い保育士に手厚くするか、有資格者や研修を受けた保育士に手厚くするか、メリハリをつけて、必要なところに支給することもできます。実力不足の人の給料を上げてしまうと、力がある若手と伸び悩んでいる中堅で金額的な差が出ることもある。そうならないためには、ちゃんと人を見て評価する仕組みが必要なんです。採用、定着をする上で、いかに処遇改善加算を効率よく分配し、それを活かした人事制度を作っていくことですね。

最近はメンタル不全になる保育士がかなり増えていますし、パワハラの訴えも発生しています。ただパワハラはよく状況を精査しないといけません。私は、子どもの安全と安心が脅かすような保育をしている保育士には毅然と指導すべきだ、パワハラを過度に恐れてはいけないという話は園長研修などでしています。
保育園は女性が多い職場ですから育児休業も積極的に認めています。しかし園の規模によっては、育児休業させられる職員数には限界があります。園児60人ほどの規模なら2人くらいまでは育休で9時~16時までのコアタイム勤務でも大丈夫ですが、それが3人になるとシフトが回らなくなり、他の職員が早出、遅出、土曜日出勤をやらなければならなくなって、独身の保育士や子育てが終わった人たちにしわ寄せがいってしまいます。保育士の子育ては支援しなければなりませんが、その子育てを支援する子のほうもちゃんと見てくださいねと言っています。
ネットやニュースで古い園には子どもを産む順番というものが暗黙のうちにあって、それを守らないと駄目、なんて話が存在するので、不安になる保育士も出てくるようです。
育児休業でお休みに入るのは当然起こること、そこまで考えて、基準よりも人数を多く配置しておいてくださいと言うのですが、貰える運営費は決まっていますので、その分人件費が厳しくなります。1人目を産んで復帰して今度は2人目ということもありますから、「若い職員はそういうことも考えて配置しておかないといけない」と話しています。

比率でいくと、「待遇」より「人間関係」のほうが多いですね。
方針の違いなどは、園が目指している保育をあらかじめちゃんと伝えることができますが、人間関係は入ってみないと分かりませんから。いきなり正社員で採るのではなく、お試し期間として契約社員で来てもらってから、正社員登用したほうが経営者は安心できると思います。しかし、かといって契約社員募集だと、正社員募集でも来ないわけですから、なかなか採用できなくなる。厳しい現状です。
保育所の働き方改革は

IT機器の活用は、労働時間の削減に寄与しつつあります。保育園に限りませんが、昔は請求処理なども紙ベースでしたが、10年ほど前から請求ソフトを使うようになりました。勤怠、登校園管理、子どもの登校園管理のシステムと請求システムを連動させるようになって、事務方や園長先生はだいぶ楽になった。デジタル連絡帳などもだいぶ進んできて、導入する株式会社立の園も多いですね。
ただ、そうはいっても全体としてなかなか進まない理由は、保育士全員にタブレット端末を貸与できるほどの資力はないということです。「残業が長くなる理由」がパソコンの順番待ちということも珍しくなく、逆に労働時間が長くなるんです。昔はおおらかでしたから、持ち帰りも許されていましたが、今は個人情報流出のリスクがありますから、持ち帰りは基本NGです。
コロナ禍の中で、保育の仕事を在宅・リモートでできるのかということが模索されましたが、個人情報も踏まえると簡単ではありません。

大手の保育サービスでは、コロナ禍で自宅待機している子どものために、歌を一緒に歌おうというYouTube動画を配信したり、Zoomで子どもたちをつないだり、様々なコンテンツを配信したり、他園にコンテンツ販売したりしていました。あのときは本当に手探りでやっていましたね。

受ける親も自宅にPCがない人が多いです。スマホでは画面が小さくてよく見えない。みんなで一緒にやりたくてもデバイスがバラバラだと、参加できる子、参加できない子ができてしまうのは悩みのひとつだと思います。
多様化する保育のかたち

たぶん各地域、2〜3園くらいずつ増えています。待機児童もだいぶ減ってきていますし、地域によっては定員に満たない園もあるのですが、行政はやはり待機児童解消という掛け声があり、いまだに増えているんです。

そうですね、ただ不正受給が発覚した事件があり、新たな認可は止まってしまいました。再開する予定だったのですが、コロナでまた止まっています。

そう、出勤自体がなくなり、企業内に保育園を作る必要がなくなりました。人気があったのは医療従事者のための病院内保育園なのですが、制度としてはOKでも、感染症のリスクを考えると心理的には懸念が残ります。医療関係者のお子さんをお預かり拒否する保育園があった例も聞きますので、ニーズはあると思うのですが。

学童の新規参入はだいぶ絞っているはずです。サラリーマン大家さんのテナント有効活用策の一環として、介護施設を入れたり、放課後デイを入れたり、保育園を入れたりする例はありますね。1クラス30人のうち3〜4人は要支援児がいて、対象となる子は増えています。学童は放課後に開所するので、短時間で済むことも増える理由なのでしょう。
緊急事態宣言下では学校が休みになり、結局預かる場所がなくて学童になだれ込んだのですが、学童は午前中は開所していませんからどうするのかということが問題になりましたが、うまく対応しているところが多かったようです。

子どものときに個性がありすぎると難しいですよね。発達障害とまではいかなくても、人と人との距離を掴みにくかったり、言葉でうまく話せずすぐ手が出てしまう「狭間の子」には、保育士を加算でつけて対応している保育園さんが多いですね。ベテランの保育士だと、親御さんに診断を勧めることもあります。不適切な保育を受けた子どもの傷はなかなか治らないとも言われますし、言い方によってはハラスメントになりかねない難しい局面です。保育士さんはやはり経験もあるし、子どもの発達成長の度合いを見て言ってくれるので、そういうところはやはりさすがプロだと思います。
名称 | 社会保険労務士法人和道経営舎 |
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所在地 | 〒220-0004 横浜市西区北幸2-8-19 横浜西口Kビル7階 |
代表者 | 社会保険労務士 小林 信宏(Nobuhiro Kobayashi) 第 14010076号(全国社会保険労務士会連合会) 第 1411818号(神奈川県社会保険労務士会) |
併設の事業 | 一般社団法人 日本アクティブケア協会 副理事長 労働保険事務組合 東京中小建設業協会 理事長 NPO法人 労働契約エージェント協会 会員会員 |
ホームページ | https://www.srkobayashi.com/ |
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