他の業界と同じように、保育業界でも生き残りをかけた経営戦略のひとつとしてM&A(合併/買収)が実施されています。M&Aは「事業売却」とも言われます。今回は、保育園を経営する方向けに、近年の保育園のM&A動向や事例、事業売却の相場、メリットや注意点などについて解説します。
保育園のM&Aとは?
保育園のM&Aとは、主に「複数の保育園が合併すること」「保育園を買収(売却)すること」です。
保育園のM&A①
基本的な流れ
保育業界でM&Aといっても、あまりピンとこない人もいるかもしれませんね。基本的な流れは次のようなものになります。
保育園のM&Aの流れ
- M&Aの仲介会社を選ぶ
- 買い手(売り手)を探す
- 条件交渉
- 基本合意書の締結
- デューデリジェンスの実施
- 最終契約を締結
事業を売却しようと考える保育園の経営者は、まずM&Aをサポートする仲介会社を探します。
そのような仲介会社には、保育業界のM&Aに特化したところがあり、専門アドバイザーが買い手候補の探索から成約までを支援してくれます。
買い手が見つかったら、条件交渉やデューデリジェンス(投資にあたって、投資先の価値やリスクなどを調査すること)に移行し、最終契約を締結するという流れが一般的です。
保育園のM&A➁
事業売却の相場
保育園のM&Aによる買収相場は、数億~数十億円と言われています。
売却する場合は平均2500万円前後ですが、保育園の運営形態をはじめ、さまざまな要素を踏まえて計算するため、金額は保育園によって異なります。
主に、保育園の売買価格の決定で重要となるポイントは、次の4つです。
保育園の売買価格の決定で重要となるポイント
- 保育園・保育所の規模
- 保育園・保育所の立地
- 保育園・保育所の敷地面積
- 保育園・保育所の運営主体
社会福祉法人が運営する保育園の場合は、株式や持分などが存在しないため、合併は無対価でおこなわれることがあります。
一方、株式会社の場合、一般企業のM&Aと同様に、「DCF法」と言われる計算方法で算定した情報や、交渉の内容をもとに対価が決まります。
保育園の売却の種類とその目的
実は、保育業界では経営戦略として売却を実施する保育園が昨今増加しており、今後もさらに増えていくことが見込まれています。
ただ、「売却」と一口に言っても、売却する理由は保育園によってさまざまです。
ここでは、近年、保育園のM&Aでよくみられる売却の種類とその目的をチェックしていきましょう。
保育園の売却の種類①
社会福祉法人による事業売却
社会福祉法人の保育園とは、社会福祉法に従いながら、国から補助金を得て事業を行っている保育園です。
利益ではなく、無償、もしくは安い料金でサービスを提供することを指針としています。
そのため、保育士の賃金に十分な資金を保つことができなくなり、保育士が辞めてしまったり、運営が維持できなくなったりすることがあり、保育園を売却するケースがあるようです。
社会福祉法人によるM&Aの種類は主に3つに分かれています。
- 経営権取得…評議員・理事・理事長を交代し、法人を経営する権利を譲渡(取得)
- 合併…社会福祉法に沿った手続きのもと、社会福祉法人同士が合併して1つの法人となる
事業譲渡…社会福祉事業を実施できる法人に一部の事業を譲渡する
ただ、経営権取得の場合は利益供与の問題が発生する可能性があるため、基本的には合併・事業譲渡によるM&Aが進められることが多いです。
保育園の売却の種類➁
高齢化・後継者不足による事業売却
経営者の高齢化や後継者不足が、保育園が売却される理由になることもあります。
保育園の中には、数十年以上も経営を続けている施設があります。
経営期間が長くなるということは、創業した経営者がそれだけ高齢になるということです。
このため新しい後継者を立てることができないと、経営を存続することが難しくなります。
しかし、世襲制で経営される保育園では、身内の方が保育事業を引き継がないこともあります。
世襲制ではない組織形態であっても、人材が不足しているため現場の職員を減らすことができず、経営業務を引き継げないことも多いようです。
こうした背景から、M&Aによって事業を譲渡し、買収先に経営を任せる保育園が増えているといいます。
保育園の売却の種類③
生き残り戦略としての事業売却
近年、待機児童問題や少子化の加速によって、保育においては「量」よりも「質」が求められるようになっています。
他業種の企業の参入も増えており、今後は競争の激化が予想されています。
そのため、企業として生き残るための戦略として、売却や合併を選ぶ保育園もあります。
売却や合併を行うことによって、売り手側と買い手側が持っている強みが組み合わさり、新たな価値提供が可能になるわけです。
たとえば学習塾・体操教室、ピアノ教室などを提供する買い手がつくことによって、それらの事業領域に参入したりするような場合です。売り手と買い手が協力することでシナジー効果が生まれ、新しい事業を立ち上げることもできるケースがあります。
保育園のM&Aの事例
実際の保育園によるM&Aの最近の事例を3つピックアップしてみました。
M&Aによってどんな効果を得られたのか、簡単に解説していきましょう。
保育園のM&Aの事例①
学研ホールディングスとJPホールディングスが業務提携
学習塾運営や児童・生徒向け出版などの事業を展開する学研ホールディングスは、2021年にJPホールディングスと業務提携を開始しました。
JPホールディングスは保育園・学童クラブ・児童館などの子育て支援施設の運営をはじめ、さまざまな事業を展開しています。
両社グループはM&Aにより、教育コンテンツ・サービスの開発・活用、DXの共同開発・推進を行い、子育て支援・幼児教育事業のさらなる「質の向上」と「量的な成長」を目指していく方針です。
保育園のM&Aの事例➁
城南進学研究がCheer plusを子会社化
2019年、株式会社城南進学研究は東京都で認可外保育園「サニーキッズインターナショナルアカデミー」を運営するCheer plus株式会社の全株式を取得しました。
これにより、Cheer plus株式会社は株式会社城南進学研究の子会社となりました。
城南進学研究は、これまでにも保育園や英語教室などの乳幼児教育事業を積極的に展開し、M&Aによる事業の拡大を進めていました。
英語教室や学童保育などのノウハウを有しているCheer plus株式会社を子会社化することで、さらなる事業規模の拡大や質の高い保育サービスの提供を図るようです。
保育園のM&Aの事例③
ベネッセコーポレーションとコドモンが業務提携
2018年、株式会社ベネッセコーポレーションは株式会社コドモンと業務提携契約を締結しました。
コドモンでは保育業務支援システムを提供しており、ベネッセコーポレーションはこの提携によって、家庭と保育園を連携させた育児環境の向上実現に向けたサービスの拡充を図るそうです。
コドモンの側でも、育児支援・幼児教育に関する知見やインフラを持つベネッセと協力することで、保育園並びに保護者支援サービスのさらなる強化を目指すようです。
保育園のM&Aの注意点
保育園のM&Aを検討している経営者が把握しておきたい注意点があります。
ポイントを押さえて、スムーズな合併・買収を目指していきましょう。
保育園のM&Aの注意点①
社会福祉法人では相手法人にお金を支払う行為は禁止
社会福祉法人は、事業から得たお金を運営経費や公益事業などに充てることができますが、
法人の関係者に特別な利益を付与する行為や、M&Aの際に相手法人にお金を支払う行為は禁止されています。
また、相場より低い価格で譲渡し、経済的な利益を与えるといったことも認められていないので、注意が必要です。
保育園のM&Aの注意点➁
保育士や保護者が納得するような材料をそろえる
保育園のM&Aは、組織の形態や労働環境を大幅に変えることになるため、そこで働いている保育士や、子どもを預ける保護者が不安に思うかもしれません。
特に保育士は、その後の労働環境や待遇によってM&Aを機に離職してしまうことが多いようです。
このため、給料の引き上げやそのほか待遇の改善などを提示して、保育士の離職を防ぐ対策を取る必要があります。
保護者に対しても、M&Aによるメリット(例えば学習塾や体操教室の展開や、ICTシステムによる保護者の負担の軽減など)など、保護者が納得できる材料を揃えておくことが大切です。
保育園のM&Aの注意点③
時間をかけすぎないこと
保育園のM&Aは、あまり長い時間をかけるとうまくいきません。
保育園では入園式やお遊戯会、夏祭りやクラスマス会など、1年を通じてさまざまなイベントを実施します。
M&Aは保育園の今後を左右することですから、そんなに短時間に実施できるものでもありませんが、交渉や手続きに時間をかけすぎてしまうと、保育業務や行事の運営に影響が及ぶ可能性があります。
なるべくスピーディーにM&Aを進めるように心がけましょう。
保育園のM&Aは仲介業者に相談するのがおすすめ
保育園のM&Aは、今後激化していくことが予想される保育業界の競争で生き残っていくためのひとつの戦略です。
保育園の未来を左右する大きな決断を要することですから、何を基準に買い手(売り手)を選ぶべきか、また何から手を付けるべきかわからないと悩む経営者もいるでしょう。
そんなときは、M&Aの仲介業者に相談するのがおすすめです。
M&Aの専門家であるアドバイザーが、経営者のM&A後を考慮したプランを提案し、膨大な情報網を活用して売り手と買い手をマッチングしてくれます。
最短3カ月でスピード成約させる実績をもつ仲介業者もあります。テンポよくM&Aを進めたい場合は、ぜひ利用してみましょう。
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