昨今、保育業界では、ただ保育士を確保するだけでなく、「保育の質」を向上させることも重要だと言われています。保育園には具体的にどのような対応が求められているのでしょうか。今回は、「保育の質」とは何か、その定義や、保育の質をUPさせる方法を解説します。
そもそも「保育の質」とは?
最近、保育現場では「保育の質」という言葉がよく聞かれます。
その言葉の意味を理解するためには、「子ども・子育て支援新制度」が定められた2015年に遡る必要があります。
子ども・子育て支援新制度というのは、「量」と「質」の両面から子育てを社会全体で支えるという制度です。
たとえば保育を必要とする家庭の受け皿として、新たに小規模保育園・企業内保育園などの「地域型保育」をつくり、さらに「認定こども園」の普及を図るといった取り組みが始まったのも、この制度のもとです。
保育施設の職員配置を改善したり、職員の処遇改善をしたりするなど、子どもたちにより目が行き届くような対策も実施されています。
つまり、「量」だけでなく「質」が重要だという流れが生まれ、保育園にも「保育の質」を向上させる対応が求めらるようになったのです。
子どもが豊かに生きるための環境づくり
それでは、具体的に「保育の質」とは何を指しているかを解説していきましょう。
フランス・パリを拠点に置くOECD(経済協力開発機構)は、保育の質の定義を次のように挙げています。
子どもたちが心身ともに満たされ、豊かに生きていくことを支える環境や経験
また、厚生労働省の「保育所等における保育の質の確保・向上に関する検討会」の資料には、保育の質は相対的・多元的なもので、一元的に定義することはできないと書かれています。
保育の質は、子どもの経験の豊かさと、それを支える保育士等による保育の実践や人的・物的環境からその国の文化・社会的背景、歴史的経緯に至るまで、多層的で多様な要素により成り立つもの
つまり、保育の質は、「政府・自治体」「保育士・保護者・ほかの子ども」「環境」などによて構成されており、それぞれが連携することが重要だということなのです。
「保育の質」にはいろんな側面がある
もっとも、保育の質は多様な要素によって構成されており、一元的に定義できるものではありません。
どんな側面があるのか、さらに深堀していきましょう。
質の側面 | 内容 | 具体的な説明・例 |
---|---|---|
志向性の質 | 政府や自治体が示す方向性 | 法律、規制、政策等 |
教育の概念と実践 | ナショナル・カリキュラム等で示される教育(保育)の概念や実践 | (日本では、幼稚園教育要領、保育所保育指針、幼保連携型認定こども園教育・保育要領に示される保育のねらいや内容にあたる) |
構造の質 | 物的・人的環境の全体的な構造 |
|
実施運営の質 | 現場のニーズへの対応、質の向上、効果的なチーム形成等のための運営 | 園やクラスレベルの保育計画、職員の専門性向上のための研修参加の機会、実践の観察・評価・省察の確保、柔軟な保育時間等 |
相互作用 あるいはプロセスの質 |
保育者と子どもたち、子どもたち同士、保育者同士の関係性(相互作用) | 子どもたちの育ちをもたらす、安心感や教育的意図等を含み込む、保育者や子どもたちの関係性 |
あるいはパフォーマンスの基準 |
現在の、そして未来の子どもたちの幸せ(well-being)につながる成果 | 何をもって成果とするかは、各々の価値観等によって異なる |
参考 「保育所等における保育の質の確保・向上に関する検討会(第1回)」(平成30年5月18日)配付資料(野澤構成員提出資料)
保育の質にはさまざまな側面があることがおわかりいただいたでしょうか。
わかりやすく箇条書きにすると、以下のようなものが「保育の質」です。
- 保育の方針
- 保育室や園庭などの環境
- 保育士の養成
- 研修・評価などの運営
- 子どもと保育士、子ども同士、保護者同士の関わり
- 子どもの幸せにつながるもの
まず保育所保育指針のような「保育の方針」に沿ったカリキュラムあり、また建物・空間・人を含む「環境」があり、そして人材育成・研修・評価などの「運営」があります。
そのほか人との関り、子どもの幸せにつながるものといった側面もあります。
どれも欠けてはならないもので、これらをうまく機能させることで、保育の質の向上につながっているのです。
それでは次に、保育の質をUPするためには何が必要なのかということを詳しく見ていきましょう。
保育の質UPに重要な3つのポイント
上記したようい、保育の質UPは、「内容」「環境」「人材」の3つの観点からアプローチを進めることが必要です。
それぞれの観点で、どんな取り組みを行うべきなのか、厚生労働省の資料をもとに詳しく解説していきましょう。
参考 厚生労働省 保育所等における保育の質の確保・向上に係る関連資料
保育の「内容」
保育の内容とは、主に次のことを指します。
- 保育所保育指針の告示
- 教育保育情報の報告・公表
- 自己評価ガイドライン
- 第三者評価ガイドライン
わかりやすく言うと、保育の理念・方針を決めて、保護者や地域に周知し、保育士が自分の保育を振り返ったり、第三者機関が保育園を評価したりする機会を設ける、といった内容です。
こうした方針やガイドラインは、保育士が保育を進めるうえでの「大枠」となる部分です。
まずルールや、保育士としての自覚・共通認識などがなければ、保育を実践することはできません。
そのため、保育の質の向上のためには「ルールづくり」「評価制度の徹底」などが重要です。
保育園の公式サイトの内容を充実させたり、保育士が保育方針について再確認するミーティングや研修を実施したり、また定期的に面談で評価の場を開いたりしましょう。
保育の「環境」
保育の「環境」は設備や人員配置、子どもの安全に関わるガイドラインが含まれます。
- 設備運営に係る最低基準の制定(人員配置、面積)
- 感染症対策ガイドライン
- アレルギー対応ガイドライン
- 事故防止及び事故発生対応ガイドライン
環境は、子どもが安心・安全に健やかに成長するために必要なものであり、安全な環境があってこそ、保育士が保育を展開できます。
安全な環境をつくるためには、まず子どもに目が行き届くような設備や人員配置が必要です。
人員配置については、政府が2023年末に、2024年度から基準を改定すると発表しています。
今後は、保育士1人がみる4~5歳児の数を現行の30人から25人へ、3歳児の数も現行の20人から15人に改定する予定です。
できるだけ多くの保育士を配置して「保育の目」を増やしましょう。
また、人員配置だけでなく、感染症対策やアレルギー対応、事故防止・対応の徹底も必要です。
医療関係者や関係機関と連携してガイドラインを立て、おたよりや手紙、ポスターなどでしっかり呼びかけましょう。
保育の「人材」
保育の「人材」の観点では、保育士の質に関するアプローチが求められます。
- 保育士資格に係る基準の制定(指定保育士養成施設指定基準、保育士試験実施要領)
- キャリアアップ研修ガイドライン
- 能力経験に応じた処遇改善
保育士をはじめとする「人材」は、保育の質の維持・向上に大きく影響する要素です。
保育理念・方針にもとづいた保育の実現を目指すためには、保育士の育成はとくに重要となります。
保育士資格は「国家資格」として定めてており、保育士は保育士試験に合格、もしくは保育士養成施設として専門学校や大学を卒業することで、資格を取得できます。
こうした「入口」をしっかりと整備することも大切ですが、保育士が資格を取得した後も、スキルアップできるような取り組みが必要です。
たとえば、キャリアアップ研修や処遇改善ですね。
処遇改善だけでなく、研修も受けることによって、若手や中堅の保育士がキャリアを積み上げやすくなり、「保育の質」が向上します。
保育士のキャリアアップ研修や処遇改善についてもっと詳しく知りたい人は、こちらの記事もチェックしてみてください。
「保育の質」にはいろんな側面がある!
漠然と「保育の質」と言われると、「それは保育士の能力による」とイメージしてしまう人も多いと思います。
しかし、実際のところは、「保育の質」にはさまざまな側面があり、保育士の能力だけでなく、保育方針や環境、人とのつながりなども含まれています。
とくに、保育園の運営側には、理念・方針、ガイドラインの制定、適切な人員配置と環境づくりなどの対策が求められているのです。
今回取り上げたポイントから、それぞれの園に合ったアプローチで保育の質UPを目指しましょう。
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