保育園業界では慢性的な人手不足が深刻化しています。その具体的な要因が若手保育士の早期離職です。せっかく採用した新人保育士が短期間で辞めてしまうのはなぜでしょうか。本記事では離職率の実態を分析し、若手保育士が長く働き続けられる職場づくりのポイントを解説します。園の管理職や経営者にとって実効性のある対策を検討する材料としてください。
この記事のもくじ
なぜ若手保育士はすぐ辞めてしまうのか
保育士の離職率の高さは、業界全体の深刻な課題です。
厚生労働省の調査「保育士の現状と主な取組」(令和2年8月24日)によると、保育士の平均勤続年数は7.8年と、全産業平均の12.4年を大きく下回っています。特に新卒者の4年以内離職率は28%を超え、3人に1人近くが早期退職している現状があります。
このような高い離職率は現場に悪循環をもたらします。
人手不足により一人当たりの業務負担が増加し、残業や持ち帰り仕事が常態化。その結果、既存職員の不満が高まり、さらなる離職を招くという負のスパイラルに陥っているのです。
地域別に見ると、特に都市部での離職率が高い傾向にあります。東京都内の保育園では、年間離職率が30%を超える施設も珍しくないと言われます。
地方都市でも、求人が限られる中での転職活動の困難さから、不満を抱えながらも働き続けざるを得ないケースが多く報告されています。
若手保育士の離職理由を分析してみた
若手保育士が早期退職する大きな要因はいくつかあります。効果的な離職対策を講じるために、まずは「なぜ辞めてしまうのか」、その理由を詳しく分析してみましょう。
離職理由①
【メンタルの負荷】責任の重さと心理的プレッシャー
保育園では新人もクラス担任を任されることが珍しくありません。若手保育士が感じるプレッシャーは想像以上に大きいようです。
20~30人の子どもたちの安全と成長に責任を持つ重圧に加え、保護者対応では「プロとしての対応」を求められます。保護者からのクレームや要望への対応は、経験不足な若手にとって大きなストレス源となります。
「なぜうちの子だけ怪我をしたのか??」「他の子と比べて発達が遅れているのでは?」といった保護者の不安に適切に応える技術は、一朝一夕で身につくものではありません。
離職理由②
【人間関係】相談しにくい雰囲気と世代間ギャップ
保育の現場では、長年の経験に基づく「阿吽の呼吸」で仕事が進むことが多く、新人にとって暗黙のルールを理解するのは容易ではありません。
先輩保育士との年齢差や価値観の違いも相まって、気軽に相談できない雰囲気が形成されることがあります。
忙しい現場では「見て覚える」文化が根強く、体系的な指導を受ける機会が限られてしまう問題があります。質問したいと思っても、「こんな基本的なことを聞いていいのかな」「忙しそうで声をかけにくい」といった躊躇から、問題を一人で抱え込んでしまうケースが頻発しています。
離職理由③
【労働条件】長時間労働と正当な評価の不足
保育士の労働環境は、表面上の勤務時間だけでは測れません。行事の準備、保育記録の作成、教材の手作りなど、多くの業務が勤務時間外に行われているのが実情です。
特に新人の場合は作業に時間がかかってしまいがちなので、持ち帰り仕事が増える傾向にあります。
これらの「見えない労働」に対する正当な評価が得られていないことも、離職要因の一つです。「子どもが好きだから」と長時間労働が当然視される風潮(いわゆる「やりがい搾取」)は、若い世代のワークライフバランス重視の価値観と大きく乖離するものです。
離職理由④
【キャリアの不安】将来像の不透明さ
若手保育士の多くが、将来のキャリアパスの不透明さに不安を感じています。
「10年後、20年後の自分がどうなっているのか想像できない」「昇進や昇給の基準がわからない」といった声が多く聞かれます。
特に小さな保育園では、管理職のポジションはどうしても限られてしまいます。そのためキャリアアップの具体的な道筋を描きにくいという構造的な問題があるのです。
こうしたことの結果、転職してステップアップを狙う保育士が増えてしまっている現状があります。
保育士の定着率を上げる3つの作戦
上記で紹介した離職理由を踏まえて、若手保育士の定着率を向上させるためには、体系的かつ継続的な取り組みが不可欠です。重要なのは、メンタルサポート体制の充実、入職直後のフォロー体制の整備、そして評価とキャリアの見える化という3つの柱です。これらを総合的に推進することで、若手保育士が安心して働き続けられる環境を構築しましょう。
定着率アップ作戦①
メンタルサポート体制の充実
若手保育士のメンタルヘルスをサポートする体制づくりは、離職防止の最重要課題です。月1回の定期的な1on1ミーティングを実施し、業務の進捗確認だけでなく、感情面のケアにも重点を置いた面談を行いましょう。
外部カウンセラーと提携して、職場の人間関係に影響されない相談窓口を設けるのも有効です。匿名での相談ボックス設置や、外部機関のメンタルヘルス相談サービスの利用促進などで、気軽に相談できる環境を整備してください。
重要なのは、先輩保育士の姿勢です。「話しかけられ待ち」ではなく、積極的に声をかける文化を醸成しましょう。
「何か困ったことはない?」「今日は子どもたちとうまくいった?」といった日常的な声かけが、若手保育士の孤立感を防ぎ、早期の問題発見につながります。
定着率アップ作戦②
入職直後のフォロー体制を整える
新人保育士の定着を図るためには、入職から1年間の手厚いフォロー体制が不可欠です。
OJT担当制度(チューター制度)を導入して1対1の指導体制を確立し、業務面だけでなく精神面でもサポートできる体制を構築しましょう。
入職から3ヶ月、6ヶ月、1年のタイミングで実施する振り返り面談で、成長の確認と課題の共有を行います。中でも3ヶ月時点での面談は、早期離職を防ぐ上できわめて重要です。この時期に感じている不安や疑問を解消することで、その後の定着率に大きな差が生まれます。
仕事の技術を習得するだけでなく、「園生活」に適応してもらうサポートも重要です。たとえばランチ会を開催して職員間の交流を促進したり、園内の慣習やルールを丁寧に説明したり、先輩保育士の成功体験を共有したり、というように、新人自身がその園の一員として受け入れられていると実感できる取り組みを継続的に行ってください。
定着率アップ作戦③
評価と将来像の「見える化」
若手保育士にモチベーションを維持してもらうには、明確な評価基準とキャリアパスを提示する必要があります。
「どのような取り組みが評価されるのか」「昇給・昇進の仕組みはどうなっているのか」といったことを透明化し、新人の頑張りが正当に評価される環境を作ってください。
年に2回はキャリア面談を行い、そこで「3年後、5年後にどうなっていたいか」というビジョンを一緒に描いて。そのために必要なスキルや経験を明確にします。さらに研修を受講させたり、資格取得を支援したり、他園見学の機会を作ったりするなど、具体的な成長支援も行っていきます。
また、園内で活躍する各年代の保育士をロールモデルとして紹介するようにしましょう。「5年目でリーダー保育士になった先輩の体験談」「出産・育児を経て復帰し、現在主任として活躍する保育士の話」など、多様なキャリアパスを示せば、若手保育士が自分の将来像を描きやすくなるはずです。
神奈川県の保育園の成功事例
最後に、神奈川県内の保育施設において、若手保育士の定着率向上に成功した取り組みの一部を紹介します。ICTの活用や柔軟なシフト体制、メンター制度の導入など、保育士が働きやすい環境を整えることが離職率の低下につながっている実感できると思います。
事例①
ICT活用と柔軟なシフト体制による働きやすい職場づくり
神奈川県内のある保育園では、保育士の業務負担軽減と働きやすい環境の整備を目的に、以下の取り組みを実施しています。
- ICTの導入:各クラスにパソコンやスマートフォンを配備し、デジタルホワイトボードやお掃除ロボットを活用することで、業務の効率化を図っています。
- 柔軟なシフト体制:パート勤務の保育士に対して、早番・遅番や土曜勤務の際に時給を上げるなど、柔軟な勤務時間の調整を行っています。
- 完全週休2日制の実現:配置基準以上の手厚い人員配置とシフトの多様化により、完全週休2日制を実現し、保育士の働きやすさを向上させています。
これらの取り組みにより、保育士の定着率が高まり、主任・主幹クラスの保育士が育ち、リーダーとして職場を牽引する体制が整っています。
参考 保育人材確保に関する取り組み事例集(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)
事例②
川崎市の保育園におけるメンター制度の導入
神奈川県内の別の保育園では、新人保育士の早期離職を防ぐため、以下のようなメンター制度を導入しています。
- メンターシップ制度の導入:新卒や若手保育士に対して、先輩職員がメンターとして指導・サポート・フォローを行い、定着育成を図っています。
- 全職員への制度理解の促進:メンター制度の効果を高めるため、全職員に対して制度の理解を深める研修を実施し、職場全体で新人保育士を支える体制を整えています。
こうした取り組みにより、新人保育士の悩みや不安に寄り添うことができるようになり、定着率の向上に寄与しています。
参考 「法人内研修等実践事例集」(全国社会福祉法人経営者協議会)
離職は「防げる課題」。園全体で育てる体制を
若手保育士の早期離職は、決して避けられない宿命のようなものではありません。
とかく経営者は「本人の適性不足」「根性の問題」と捉えてしまいがちですが、多くの場合は受け入れ環境の不備に起因する「防げる課題」なのです。
本記事で紹介した施策は、必ずしも大きな予算や抜本的な組織改革が必要なものではありません。日常的な声かけの工夫、定期的な面談の実施、感謝を伝える仕組みづくりなど、小さな積み重ねから改善していけるのです。
人材不足が深刻化する現在、保育園は「就職してもらう」側から「選ばれる」側になっています。若手保育士が「この園で長く働きたい」と思える職場環境を整備することは、経営戦略としても不可欠です。
全職員が新人保育士の育成に責任を持ち、園全体で支える文化を醸成して、持続可能な保育園運営の基盤を作りましょう。
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